海外ポスドクの薦め
研究環境と研究生活
アメリカでの、研究環境、研究生活について紹介したい。
研究室の住環境は日本よりも圧倒的に余裕がある。机が広いので、書籍や論文、PCなどをスペースの制約なく展開することができ、仕事の効率があがる。白板がいたるところにあり、ディスカッションに利用する。ポスドクには学生の指導や雑用はないため、仕事の大半の時間を研究に使うことが出来る。著者のMukamel研での生活は以下のようなものだ。朝は日本と同様9―10時頃に研究室に入る。午前中にsupervisorが部屋に来て研究の進行状況や計算結果などについて議論する。12時半ごろ同僚と学内の食堂に食事に行き、以後6、7時ごろまでオフィスで研究。式の導出、プログラミング、計算、解析、論文作成などを行う。学内で講演があれば出席、他のポスドクと共同研究をしているときは、随時議論する。学外から来客のある時は数人で夕食を食べにいくこともある。何もなければ自宅に戻って夕食。夜は自宅からサーバーにログインして計算をすることも多い。日本ほど夜遅くまで研究室にいない分、より密度濃く研究できる印象がある。通勤が短く、研究により多くのエネルギーを使える。
年に1、2回程度学会に参加、発表する機会があり、これまでACS meeting, Ultrafast Phenomena, American Conference on Theoretical Chemistry, Gordon Research Conference, ICORSなどに参加した。他の研究者と交流するとてもよい機会である。研究に関しては、ある程度の期間で結果を出す必要がある。よってプロジェクトの難易度や達成するのにかかる時間などを検討し、計画性をもつことが重要である。またSupervisorとは常日頃十分に意思の疎通を図る。結果がうまく出ない時は、何を試み何がうまくいかなかったのをきちんと報告することで研究の遂行が円滑になる。研究室のポスドクとは、食事の時などを含め常日頃研究のディスカッションなどを行うことで、他の研究テーマへの理解が深まり、また自分の研究についても問題点が整理されるなどの効果がある。Visiting Researcherが2、3ヶ月の短期で来る場合がある。その場合はより具体的なプロジェクトを前もって定めることが多い。実験系の研究者が計算や理論の研究室に実験データについての理論的解析を共同で行うなどである。その場合は、研究グループ内の特定の人間と協力して研究することになる。理論家の立場としては、実験をより理解することができ、モデルの問題点や改善すべきポイントなどを発見するよい機会である。Mukamel研究室のポスドクはアメリカ以外に、カナダ、ドイツ、イタリア、ロシア、リトアニア、デンマーク、インド、中国、韓国などから来ている。彼らがアメリカ内の他の研究室に異動するか、自国に帰った後も、研究における質問をしたり共同研究を行ったりする。
研究における意見の相違や対立を恐れない。Supervisorがいかに優れた研究者であったとしてもすべての領域に精通しているわけではない。自分の見解を論理的に主張してsupervisorを納得させることができれば、後々の関係にむしろプラスである。著者がこちらの研究室に来た当初、2人のポスドクが振動ハミルトニアンに関して研究を行っていたが、彼らによる複数の論文の計算には結果や結論に影響しかねない本質的な問題点がいくつかあった。学生時代から振動分光の研究室に属しており、実験および計算に携わってきたので、分子振動については研究室の誰よりも精通していた。Mukamel教授に問題点を指摘した時には激しい議論になったが、その後著者をそのプロジェクトの中心に据えた。当時その計算を行っていた研究者の一人は、現在所属しているグループで著者の方法を取り入れて計算を行っている。
日本にいてもアメリカにいて、研究には信念を持って妥協せずに進めることが大事である。時間的な制約やプレッシャーに負けず、ひとつひとつのプロジェクトにおいて納得するまで問題点を掘り下げることで、いろいろな知見が得られ、後々の研究に役立つ。計算であれば、コードのバグのチェック、モデルの計算誤差や適用できる条件などの検討、分子軌道計算の計算レベルや分子動力学における力場選択の可否の検討などは基本である。また、結果の解釈や物理化学における意味などを掘り下げる。